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▼洲崎車庫さん:
色々とご教示ありがとうございます。
いただいた情報を元に、図を作ってみました。
1. 都電廃止まで
バスの[26][29]とも、いずれの路線図でも境川・北砂四丁目に停車となっていますので、都電とは異なったおき方になっていたものと思います。
南砂五丁目の電停の位置ですが、砂町小学校の目の前という理解でよろしいでしょうか。
境川の停留所がどの辺りにあったのか不明ですが、両系統が停車できる位置ということで、清洲橋通り上としています。
2. 都電廃止直後〜昭和50年頃まで?
バス代替で[錦14][草28]が開通した後になりますが、洲崎車庫さんのおっしゃるように描いてみました。この時期の境川は[秋26]は通過していたということになるのですね。(両方向ともでしょうか?)
そうすると、境川は明治通り上の交差点北側に両方向ともあった?
さらに、[錦14]用の境川も同じく北側に停まっていた(それとも現在と同じように南側に停車)?
……難しそうな問題です。
※事業概要に、昭和47年11月12日の代替と同時に[錦14折]門前仲町〜境川を開設、とあります。このときはバスの境川車庫はまだないため、葛西車庫から回送して境川から営業するということを考えると、現在の交差点南側の位置にも清洲橋通り上にも停留所がなかったとすると、「境川」に停まるところがなくなってしまいます
昭和49年2月の都バスガイドブックには「南砂五丁目」が書かれて、[秋26]は境川に両方とも停車となっていますが、誤植だらけの版のためあまりアテになりません。一枚ものの都バス路線案内についても、以前の版から変更を忘れている可能性が尾大きいため、こちらもあまり参考にならなそうです。
【0906_sakaigawa_1.png : 25.2KB】
【0906_sakaigawa_2.png : 24.2KB】
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