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お好み玉子さん、こんにちは。
>>Y代だけ青色でしたね。どうやらイメージを一新させたかったらしいが、
>>A代はなぜか赤に戻ってしまいました。
やはり、利用者の「ロンドンバス」→「二階バス」=「赤」というイメージが消せなかったのではないでしょうか?
>>そうなりますと、H代登場時、A代は姿を消していたということですね。
はい、それは間違いないはずです。
正確な記録はありませんが、確かリニューアル初日だかに乗りにいった記憶があり。今まで見慣れた「美濃部カラー」が1台もなくなり、ほぼ同型ながら、やや一回り大きくなった感のある「鈴木カラー」の新車に替わっていて驚いた記憶があります。
>>ボディーは荒川車体です。
荒川区の会社ですか?と、思って調べてみたら・・・。後のアラコ(現在はトヨタ
紡織に合併)だったんですね。じゃあ、実質的にはトヨタ製みたいなものですね。
>>私も昔、足立区で、黄色、赤帯の同型で「H」
>>と書かれた車輌を目撃しました。
私も見たのは足立区内です。
確か、都立北療育医療センター城北分園の送迎バスになっていたと記憶しています。ボディカラーはそのままで、あの特徴のある前面屋根上の方向幕部も表示内容を変更(確か「城北分園」)にして、そのまま使っていました。
>>乗降口が1つなので乗客が降りてからでないと乗れないし、運転席のところから>>乗るのではないから、定期券などの掲示が困難であるというデメリットが挙げら>>れており、私が思うには、乗客が増えなかったのは、車輌に問題があり、中型車>>を導入させれば少しは乗客が増えたのではと思います。
まあ、確かにそうですが、ただ「乗降口が1つ」という点では、現在のコミバスの主流であるポンチョや東急トランセのローザも同様です。確かに混雑時等はやや乗降に手間取りますが、もともとの車体の大きさや定員を考えると、ある程度は許容範囲でしょう。ただ、最近のコミバスとやや異なるのは、コミバスはどちらかというと、地域住民のため(特に高齢者など)の「足」としての利用が中心で、利用客も比較的平均年齢が高いのに対し、ミニバスは都心部の官公庁の関係者=ビジネスマンが主な対象であった点。これにより、高齢者はある意味「お互い様」でもあるし、自分で歩くことを考えれば、バス利用の方が楽だし早い。これに対してビジネス利用は、ぐずぐずしているくらいなら歩いたり、他の代替方法(鉄道等)で移動した方が早いという点もあり、急ぐビジネスマンには嫌われた感があります。当時まだ私も社会人ではありませんでしたが、ある日ミニバスに乗車していると、途中で結構の乗客が待っており、結局定員で全員は乗れなかったところ、乗り損ねたサラリーマン風の男性に「ガキが乗るもんじゃねえよ、このバスは」と聞こえよがしに言われた記憶があります。まあ、最近の都会を走るコミバス港区の「ちぃばす」などは、この辺の乗降の便も考えてか、乗降口は別々に2つになっていますよね。確かに、ある意味ではマイクロではなく中型でも導入していたら運命は変わっていたかも知れません。やはり全体の営業キロ数に対し、品川車庫からの回送往復という出入庫の非営業走行のロスも営業係数を悪化させた要因かも知れません。ただ、そういう意味では、未だ健在の「市01」も同様なんですよね。いっそのこと、これと運用を共用にすれば良かったのかな?(シートの問題はあるが・・・)
また、これは当時聞いた「噂」ではありますが、表向きは新しい交通形態の実験的意味合いとのことでスタートしたミニバスですが、その路線の設定を交通局が何かと関係のある諸官庁(警視庁、運輸省<当時>)から求められた、ある意味では、監督官庁などへの「ご機嫌取り路線」として設定された。との説もありました。両省庁の本庁舎の周囲を通り、東京・有楽町・新橋駅方面への「足」として。真相は判りませんが・・・。
(※おまけにたまたま数日前に発見した懐かしい画像を添付しますね。)
【toei-mini0000.JPG : 15.4KB】
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