|
たまたま毎日新聞に昭和31年の地図を見つけました。これによると停留所名は上野桜木町ではなく、桜木町だったようです。
http://showa.mainichi.jp/map/?lat=35.72159&lng=139.775926
3年ほど前に、都電ファン仲間数人とトロリーバスができる前の東荒川から今井までの線路跡を歩いたことがあります。当時の写真に写っている東荒川の停留所近くの祠が今でもあったり、線路跡が道路になっていたり、住宅になっていても当時の線路がわかるような区画になっていたりと、当時の面影が多数残っていることに驚きました。途中の一之江に国柱会がありその庭園を見ながら、宮沢賢治と石原莞爾の共通点は何だろうねえ、などと話しながら今井に向かいました。同会の旧本部は鶯谷にあり、私は今でもなぜか上野桜木のバス停前を連想してしまいます。実際は鶯谷駅の南の線路東側にありました。なぜ連想してしまうのか地図を見て今日やっと分かりました。線路の東側の地名も飛び地で上野桜木町でした。
上野公園から今井の路線は、交通局が国柱会の会員移動を乗客数に見込んでいた可能性があります。昔の同会は北原白秋の奥さんや武見太郎など有名人もたくさんいました。同会が鶯谷から撤退したのは昭和45年ころです。
|
|