どうもどうも、情報ありがとうございます。
公報には載っている情報というのもあったんですね。公報は昭和39年以前は全然手をつけていなかったので、助かります。
浜松町・大島はS20.4.1の廃止だったとすると、従来の年史でも述べられてきたS21.4.1廃止は誤植(40年史の時点で間違えていた?)であり、戦後も亡霊のように営業所としての名前だけ残っていたという解釈は誤りと考えてもよさそうです。すなわち、担当系統廃止の時点で営業所は消滅したということで。
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今までに散発的に出たものも含めて、ちょっと整理をしてみたいと思います。昭和21年3月現在で事業概要に拠れば以下の通りです。
1 田町駅〜魚籃坂下〜恵比寿駅〜渋谷駅
2 渋谷駅〜新宿追分
3 新宿駅東口〜四谷見附〜日比谷〜東京駅南口
4 新宿駅東口〜戸塚2〜早稲田
5 新宿駅西口〜鍋屋横丁〜堀ノ内車庫
6 杉並区役所〜堀ノ内車庫〜代田橋
7 東中野駅〜高田馬場駅〜早稲田
8 練馬車庫〜目白駅〜江戸川橋 ※護国寺経由
9 池袋駅東口〜王子駅
10 王子駅〜小台〜荒川土手 ※田端新町2経由
11 浅草寿町〜鶯谷駅〜西新井橋
12 三ノ輪(橋?)〜寺島広小路〜亀戸駅
13 千住車庫〜三ノ輪橋〜浅草寿町
14 吾嬬西9〜寺島広小路〜向島〜浅草寿町
15 亀戸駅〜三角 ※小松川経由
16 錦糸堀〜亀戸駅通り〜城東区役所〜大島7
17 亀戸駅〜境川〜葛西橋〜新田
18 東京駅南口〜銀座4〜月島3
(系統一覧と末尾の路線略図では15,16がひっくり返っていますが、上記が後々の動きからすると正しいのではないかと思います)
10系統が小台経由になっていることは資料を持っていたのに気づきませんでした。この当時は豊島橋(昭和35年架け替え)・江北橋(昭和47年架け替え)ともに旧橋で現在よりも上流にあったのですが、豊島橋が何らかの理由で通行できなかったのかもしれません。戦前は普通に路線が走っていたはずなので…。
以下、昭和21年度〜22年度の推定年表です。
S21前半
×16系統 錦糸堀〜大島7 廃止
S21.5.20
●19系統 東雲〜豊洲埠頭〜門前仲町〜東京駅南口 開通
S21.8.1
●20系統 哲学堂〜目白駅〜江戸川橋(護国寺経由) 開通
●22系統 新小岩駅〜松江〜今井 開通
S21.8.20
●24系統 東京駅南口〜日本橋〜水天宮 開通
S21年夏
×8系統 練馬車庫〜目白駅〜江戸川橋 廃止
●21系統 練馬車庫〜目白駅 開通
S21.11.1
▲21系統 豊島駅〜目白駅に延長
S21年後半
●23系統 荒川土手〜西新井大師 開通? ※[24]よりも後の開通
S22.2.15
●10系統(2) 王子駅〜荒川土手〜西新井大師 開通 ※この時点で豊島橋経由?
×10系統(1) 王子駅〜小台〜荒川土手 廃止
×23系統 荒川土手〜西新井大師 廃止
●102系統 荻窪〜新宿駅東口〜東京駅南口 開通
×5系統 新宿駅西口〜堀ノ内車庫 廃止
多分S21年度
▲15系統 錦糸町駅〜三角に延長
●16系統(2) 錦糸町駅〜境川〜新田〜浦安橋 開通
S22.4.21
▲12系統 千住車庫〜三ノ輪橋〜亀戸駅に延長
▲13系統 千住車庫〜三ノ輪橋〜上野駅に変更延長
●23系統 浅草寿町〜厩橋?〜錦糸町駅 開通
S22.5.15
●8系統(2) 王子駅〜龍泉寺〜浅草寿町 開通 ※現行の[草64]とは経路違い
●25系統 東京駅北口〜森下町〜亀戸駅通り 開通(都電代行)
S22.6.25
●100系統 東京駅南口〜五反田駅〜洗足池 開通
●101系統 東京駅南口〜恵比寿駅〜都立高校 開通
●103系統 築地〜渋谷駅〜駒沢 開通
●104系統 東京駅北口〜池袋駅東口〜大山 開通
●105系統 東京駅北口〜巣鴨駅〜志村 開通
●106系統 東京駅北口〜千住車庫〜草加 開通
●107系統 東京駅北口〜錦糸町駅〜市川駅 開通
S22.7?
▲15系統 錦糸町駅〜浦安橋に延長 ※多分小松川経由
S22.8.5
●26系統 浅草寿町〜村松町〜境川 開通
●27系統 袖ヶ浦〜洲崎〜門前仲町 開通
S22.9.1
×21系統 豊島園〜目白駅 下に改番
▲25系統 東荒川〜亀戸駅通り〜東京駅北口に延長
●108系統 豊島園〜目白駅〜新橋駅 開通
▲103系統 東京駅南口〜渋谷駅〜駒沢に変更
▲104系統 東京駅北口〜大山〜常盤台駅に延長
S22.9
×16系統(2) 錦糸町駅〜浦安橋 廃止(カスリーン台風で葛西橋流失)
▲17系統 錦糸町駅〜葛西橋に短縮(同上)
S22.9.20
▲22系統 浅草寿町〜押上〜錦糸町駅に変更
S22.12.1
×14系統 吾嬬西9〜浅草寿町 下に改番
●109系統 金町駅〜吾嬬西9〜上野広小路 開通
●特系統 東荒川〜西荒川 開通(都電連絡)
▲4系統 新宿駅西口〜早稲田に延長
▲13系統 千住車庫〜龍泉寺〜浅草寿町に変更短縮
▲23系統 上野広小路〜浅草寿町〜錦糸町駅に変更延長
▲26系統 洲崎〜村松町〜浅草寿町に変更 ※洲崎からの詳しい経由地は?
▲27系統 葛西橋〜洲崎〜門前仲町〜有楽町駅に延長
S22.12.30
▲15系統 錦糸町駅〜三角に短縮
▲22系統 新小岩駅〜今井〜浦安橋〜新田に延長 ※[15]の肩代わり+江戸川区内の[16](2)の代替?
S23.2.1
▲22系統 新小岩駅〜新田〜小島に延長 ※[16](2)の代替
時期不明
×3系統 新宿駅東口〜東京駅南口 廃止(102に統合?)
●5系統(2) 新宿駅西口〜堀ノ内車庫 復活(昭和22年度?)
▲18系統 東京駅南口〜水天宮〜築地に延長(昭和23年7月以前)
[5]の一旦廃止ですが、これも新情報です。確か[102]荻窪〜東京が一大輸送力を発揮したトレーラーバスのデビュー系統だったはずで、路線の重複する[5]は、当時のおそろしく乏しかった運行能力においては仕方なく統合という扱いになったのかもしれません。[3]は[102]の後に消えたのかどうか気になります。[3]は新宿所管で堀ノ内とは関係なく、[18]の出入りとしても使われていたはずなので……。
昭和23年7月の所管系統、新宿の所管が[18]東京駅〜月島3、[24]東京駅〜築地だけというのもよく考えるとめちゃくちゃです。
なぜ[19]→[東19]は南口発着だったのかという理由ですが、この当時は南口(降車口)しかターミナルとして復旧させていなかったのかもしれません。
初代[23]の話は初めて聴きました。確かに現在の[都08]である[23]はちょっと開通が遅れているので変だったのではありますが、使いまわしだったのですね。
使いまわしといえば[8]もそうですが、初代[8]が[橋68]の新江古田駅経由、[21]が今の[白61]の新宿方面の経由と違っていたために番号を変えた路線にしたことも考えられます。