本屋に↑が並んでいる、というのを知人から聞いたので
出ること自体全く知りませんでしたが、即購入してみました。
総評から言うと、現在の車輌をだいたい知りたい、という人には良いかと思います。一定以上の重度のマニアには物足りない本です。編集陣に「都バスマニア度の高い人」がいないイメージを紙面から受けました。掲載された写真が、ほほぼ全て「現在で撮れるもの」と「交通局から提供された資料のみ」で構成されていて、過去の写真があまり掲載されていなかったり、記載にうっかりでは済まない重大な誤りがあるのが大きな理由です。
バスラマスペシャル1993 都営バスの本くらいのクオリティの高い本は難しいのでしょうか……。
●車輌のページについて
現有の各車形式写真と車輌一覧は当たり前として、それ以外について。現在の都営バスは車輌のバリエーションについてみれば、多様な車種が導入されたW〜B代がほぼ一掃されてしまい、明らかに数年前より車種のバリエーションは少なくなってきています。
都営バスの車輌について触れるならば、都市新バスは言うに及ばずHIMRなどのハイブリッド車、CNG、超低床、ノンステップといった車をいち早く、しかも大量に導入していったのが特徴として挙げられます。バス業界のイメージリーダーの一翼を担っていたのは間違いないはずで、マニア本ならば既に過去帳に入ったこれらの車をもう少し紹介したほうが良かったのではと思いました。
現存する中古車がカラー9ページにわたって写真を出しまくって紹介していながら、これらのエポックメイキングな存在がモノクロ3ページというのが残念です。もちろん、何にページを割くかは編集の判断ですが、掲載写真の偏りはかなり気になりました。
●路線のページについて
路線図の扱いはまあまあ良かったと思います。
まだ交通局も昭和38年度版の路線図とかを持ってたんですね。
記載では気になった点が色々とあるのですが、特に気になった点をいくつか。
・都電のページ(p.59)
→これだけスペースをとって都電系統を並べるのは……。あくまで都バスの本なので、代替バスの話か代替バスの表を少しは並べたほうがいいのでは? 70年史のコピペ表でも問題ないと思います。
・「元都電6系統の都営バス渋88に乗る!」(p.62)
→重大な事実誤認。タイトルからして間違っているので、この2ページの記事の意義は残念ながら皆無。渋谷駅〜南青山七丁目だけ後から渋88と都01で交換したことは色々な記述で触れられていると思うのですが。
・「元トロリーバス102系統の〜」(p.64)
→こちらはよくできていると思います。唯一残念なのが、末行の「ただし、そのまま大橋に向かい、山手通りに入っていた102系統に対し、池86系統はファイヤー通りから〜」の部分。
協定などもあったため、トロリー102の半数は池袋〜渋谷の折り返し運転でしたが、折り返し方法は今の[池86]と全く同様だったかと思います(p.59の路線図にも渋谷のループ部分が確認できる)。大橋方面についてもトロリーはファイヤー通り・渋谷駅西口を経由して大橋に向かっていたはずで、誤った記述ではないでしょうか。
(トロリー開通当初は渋谷駅東口でUターンしていたようですが)
・[梅76](p.68)
→「1日あたり裏宿町5本、河辺駅北口発4本」
時刻表くらい見たほうがいいのでは。裏宿町発と上成木到着の時刻表だけ見て、他の確認を怠った可能性が高いです。正解は平日だと裏宿町5本、青梅車庫1本、青梅駅3本、黒沢1本、河辺駅北口0本。
・都市新バス(p.69)
→専用車内部(大塚Z代)は最末期なのでみんくるシートの写真ですが、各都市新バス専用車ごとに専用ツートンカラーのシートがあったことを触れたほうが良かったかと。
・[虹01](p.70)
→「レインボーブリッジは93年8月に供用開始。虹01はそれと同時に新設された」…明確な間違いではないですが、かなり誤解を生む記述です。数年間は田町とレインボーブリッジを結んで橋を渡っていなかったことは触れておくか、または触れずに平成9年に開通と言うべきでしょう。
・[波01](p.71)
→海03に一言触れたほうがいいのではという気もします。紙面の都合上ならば仕方ないですが。
・学バス(p.71)
若い学生が多いのは[学02]と[学05]らしいですが、[学03]の立場は?
●歴代のボディカラー
p.73中、13の「展示された3種のボディカラー」について。左側は結果的に採用された現行塗装ですが、展示された時点では現行とは似ているものの2色の緑色を使ったデザインのはずで、キャプションが誤っています。あと現行塗装のドア部だけ塗られていないのがすごく気になるような……。
それ以前に、あの衝撃を与えた昭和55年〜56年の赤黄鈴木カラーが一言も触れられていないのはどうしたことでしょうか。塗装変更の歴史ではまず間違いなく重大なことがらだったはずです。
●幕の部
やったことは嬉しいです。素直に評価します。
ただし、このページの原稿を作った人がどう見ても幕マニアではなく、やっつけ仕事感が漂うのがかなり残念です。
・全コマといいながら網羅できていない
([錦13]晴海埠頭、[里22]橋場二丁目、[北47]出庫北千住駅、[梅77]のような基本コマですら抜けている。[S-1]の臨時運行も然り)
・前面幕の左右を切り過ぎているため、非常に窮屈に見える
・キャプションの誤りが多すぎ
(〜営業所だけで見られる は間違いの元。艇07江戸川競艇場のように、「普段使用されない」の抜けも多い)
・中途半端に半分で終わるカラーページ
(モノクロページの「白地に、系統は緑……」というのを残り全コマに注釈を入れるのなら、最初に基本デザインの凡例を入れたほうがよっぽどマシ)
・写り込みがあまり考慮されていない。江東営業所のコマは斜めになっている。コントラスト調整もされていない
(方向幕は文字配置やデザインを見るもので、写り込みの存在やぼやけたコントラスト状態なのは非常にもったいない)
大阪市交通局が、幕のメーカーの協力も得たのか、全コマの版下を綺麗にカラーページにまとめた冊子を発表していましたが、この冊子の爪の垢をせんじて飲んでもらいたいところです。
●路線図の部
・昭和15年8月の路線図(交通局30年史の綴じ込みでしょう)
「城東地域の人口が多く〜、路線もこの方面に幅広く展開されていた」
→路線図を見ても分かる通り、この時代には放射状に既に路線が各方面に引かれているため、特別に城東地域に多く引かれていたということはありません。そもそも、錦糸町以東は城東電軌のバスだったため、市バスですらありません。昭和17年の統合は一言触れたほうがいいのではと思います
・昭和38年の路線図(単独系統)
「戦前には路線がほとんど設定されていなかった、新宿・池袋以西にも進出している」
→誤り。昭和17年の統合により、青梅街道・目白通り方面も市バス(都バス)の管轄となり、山手線の外に大きく飛び出しました。展開エリアは昭和38年の路線図の単独系統の部分とほぼ変わりないため、「ほとんど設定されていなかった」は不適切です。
・昭和54年12月の路線図
→ミニバスの掲載は「右下ではなく「左下」
(これは自分もよくやるので強く言えません)
●小ネタの部
マル秘情報らしいですが、ネタの質とジャンルの並ばせ方があまりに適当で、ページの穴埋めに交通局の資料とGoogle検索を活用してとりあえず埋めてみたという疑念が消えません。
●データの部
各車庫の配置車輌数とメーカー別くらいは表にしてもよいのでは?
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とりあえず思うままに書いてみました。
自分も刊行しているものとして、毎回誤植や誤りは出しているのであまり人のことは言えないのですが、それでも気になる点があったので書いてみた次第です。