▼おなすさん:
>ここに投稿するのは何年ぶりか忘れたぐらい久しぶりになります。
>
大変ご無沙汰しております。
>これですが、私の記憶に残っている限りでは、有明橋(有明終点)行は、その頃の行先は新都橋でした。これが有明橋に変わったのは東19が全便門仲止まりになって門19になった時と同時かその少し後だったと思います。因みに、東19の頃も門仲止まりの便はありました。
ここは再度調べてみました。昭和47年12月1日現在の路線図を発掘してみたのですが、ここでは
東雲都橋−有明貯木場−有明二丁目−有明中央−新都橋
となっていて、新都橋で終点ですね。
その後、昭和49年〜51年の都バスガイドブックでも
東雲都橋−有明貯木場−有明二丁目−有明中央−新都橋
となっています。「有明橋」になるのは、昭和52年5月からの版となっていました。
[東19]→[門19]となったのは昭和51年10月の改編なので、改編、もしくはその直後のタイミングとなりますね。
ご指摘ありがとうございます。
有明終点は相変わらず、いつ延伸されたのかよく分かりません。
行先表示は当初は「新都橋」だったと思いますが、有明終点時代でも有明橋行き表記だったのでしょうか? 小型幕時代は何通りか表記のゆれがあったようで、最終的に統一されたのは昭和63年の有楽町線豊洲駅開業に伴う改編、と聞いたことがありますが……。