都営バス資料館

×黒10

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担当営業所

目黒営業所

運行区間

系統 区間 距離 備考
目黒駅~魚籃坂下~一ノ橋~赤羽橋~港区役所~日比谷~東京駅南口 8.122/ 8.372km
目黒駅~魚籃坂下~一ノ橋~赤羽橋 4.362/ 4.302km

年表

系統 年月日 営業所 距離 概要
502 S42.12.20 目黒 (10.791km) 都電5系統(目黒駅~永代橋)の代替で目黒駅~一ノ橋~都庁前~八丁堀~永代橋が開通
505 S43. 2.25 目黒 *** 505系統に名称変更
505 S43.12.28 目黒 (10.297km) 目黒駅~白金台五丁目間の一方通行規制により永代橋行きの経路を変更
505折  S44.10.26 目黒 ( 8.252km) 目黒駅~都庁前~東京駅南口を開設
黒10 S47.11.12 目黒 *** 新番号化、黒10とする
黒10  S51.12. 2 目黒 (10.082km) 目黒駅→白金台五丁目間をバス専用道路に変更
黒10  S53.11. 1 目黒 8.122/ 8.332km 目黒駅~東京駅南口に変更短縮、折返を本系統に
黒10  H12.12.12 目黒 ***  目黒駅~東京駅南口を廃止

路線概要

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 都電5系統(目黒駅~永代橋)の代替バスである。目黒駅から目黒通りを白金台から清正公前まで進む。なお、目黒駅~白金台五丁目に関しては、経路の変遷はあったものの最終的には往復とも都電跡と同一の道路であった。一般車は西行の一方通行のため、目黒駅発はバス専用車線を通っていた。
 その後、[反94](五反田駅~赤羽橋駅)と同じように魚籃坂下から一ノ橋(現麻布十番駅)へと都電街道を行く。一ノ橋で右折した後は赤羽橋を過ぎて芝園橋で左折して首都高をくぐり、日比谷通りに入る。芝公園の緑が豊かな地域にあたり、右手にはメルパルクTOKYOホールや緑地帯の奥に港区役所が、また左手は芝東照宮や増上寺の境内を見通せる。現在はこの区間はちぃばすの麻布ルートが通るのみとなっている。
 御成門を過ぎると公園区間は終わり、ビル街がひしめく風景がしばらく続く。車線が広くなり、中央分離帯があるため近隣の道路でも広い部類に入る。新橋駅まではすぐだが新橋駅には立ち寄らず、そのまま日比谷通りを北上して内幸町へと進む。ここから千代田区になり、雑然としたビル街から大きなビル中心のゆったりとした感じに雰囲気が変わる。左手には日比谷公園が広がり、快調に走る区間となる。
 日比谷では左手にお堀と皇居が見え、東京の中心街に来たことを感じさせる。帝劇、東京会館を過ぎて馬場先門を右折し、国際フォーラムから東京駅丸の内南口に入って終点となる。
 都電は東京駅に寄らず、このまま馬場先門の通りを直進していた。代替したこのバスも昭和53年までは同じ経路(ただし東京駅南口折返便もあり)を通っており、都庁前(現国際フォーラム)から直進して線路をくぐり鍛冶橋で外堀通りと交差、その後も鍛冶橋通りを直進して京橋、宝町、八丁堀、新川二丁目と中央区のビジネス街を横断し、突き当りの永代通りの永代橋で終点となっていた。

歴史

 都電5系統の代替である。目黒駅を発着する唯一の都電として、またバス代替後も手ごろな鉄道がなかったこともあって、目黒駅を発着する都営バスの中でも幹線格の扱いであった。担当営業所も都電・バスともに同じ目黒駅前に車庫があったため、所管も一貫して目黒であった。
 代替当時は都電を忠実になぞり、馬場先門から先、東京駅南口を無視してそのまま永代橋を終点としていた。ただしこれでは不便ということか、代替後2年で都庁前(現東京国際フォーラム)から東京駅南口に入って終点となる運用が出現した。永代橋ゆきは、終点が中途半端ということもあってか都庁前から先の利用率は高くなく、昭和53年は短縮されてしまう。せっかくバスになったのだから、永代橋を渡って門前仲町まで行っていればまた違っていたかもしれない。各地でバス代替にあたって延長される中、ここだけ都電の中途半端な終点を守ったのは興味深い。戦前は目黒から東陽町方面まで直通するような運用もあっただけに。
 系統番号が[10]となっていたのも独特だった。都営バスの系統番号は、「都心側のターミナルから方面別の番台」という付与基準だったため、東京駅が終点ではなかったために適当な都心側ターミナルがなく、目黒駅から深川方面を示す10番台を名乗り、城南方面を示す80~90番台だらけの城南地区では異彩を放っていた。
 平成に入ってもそこまで大きな本数減少がなく、路線形態もそのままだったが、平成12年9月に三田線・南北線が目黒まで延長されるとガラリと風向きが変わる。この直前に大江戸線改編による交通局のお知らせが出て、[黒10]は全線廃止になるという案内が出た。確かに目黒駅から麻布十番までは南北線が、それ以降は三田線が並行することになり、地下鉄並行系統という扱いになる。そして地下鉄開業の3ヶ月後、[黒10]はそのまま全線廃止された。
 日比谷通り上には港区役所停留所もあり、[黒10]の廃止により停留所ごと廃止された。世には区役所対策として路線が存続しているところも各地にあるが、完全に廃止されてしまったのは珍しいといえるだろう。議会からは一部反発もあったようで、長らくコミュニティバスでの復活もなかったが、近年になってちぃばす麻布ルートにて港区役所の前の日比谷通りがカバーされることになった。

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