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LED紀行(2)

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10月9日。
会社をあがって、夜7時からスタート。
・御茶ノ水駅→[学07]→竜岡門~東大構内をうろうろ
...夕方以降は[学01][学07]とも2台で回すが、運の良いことに両方ともLED車が入っていたのでここからスタート。といっても東大構内行きはガラガラで途中停留所でも乗り降りは少ないうえ、東大構内到着後はすぐに表示を切り替えるので、ある程度の時間停まる可能性のある竜岡門を中心に粘る。
・竜岡門→[学07]→御茶ノ水→(総武線)→錦糸町
...[東20]東京駅・錦糸町駅ゲット。しかし[錦11]LED車をタッチの差で逃す。合間に[錦27]両国駅ゲット。
・錦糸町→亀戸
...夜のみの[草24]浅草~亀戸が何とすごく珍しい幕車。しかたないのでもう1運用分の40分ほど待って往復ゲット(浅草~亀戸をこなすのは2台存在する)。合間に[亀21]往復と[亀29]なぎさNTなどを撮り直し。
・亀戸→秋葉原→東京
...[東98]目黒駅ゲット。昔は虎ノ門一丁目経由とついてたのに、[黒10]亡き後は等々力からの目黒ゆきと表示の差がなくなった。
・東京→赤坂見附→渋谷
...東京から渋谷は地下鉄回りのほうが微妙に早いらしい。[渋88]新宿車庫ゲット。
・渋谷→新宿→銀座
...[宿91]堀ノ内は...幕! 夕方に見たLED車の運用を追っていったはずなのだがどこかで間違えたようだ。杉並は幕率がまだ高い。写真だけ撮って銀座四丁目に向かい、平日最終1本だけの[都05]豊洲ゲット。ちなみに[東12]の運用と組のため、ほぼ必ずCNG車になる。
夜遅くなったので帰る。

10月10日
気合を入れて5時半に家を出る。ていうか眠い。
・高田馬場
...[飯64]早稲田ゲット。幕のときも3回くらいこれを撮りにいったと思うと・・・(遠い目)
・高田馬場→田端→西日暮里→田端
...[東43]始発荒川土手ゲット。田端駅始発はいつものと違って行き先だけの表示になる。始発1本だけの運行なのに! 続けて田端で始発江北駅を狙いたいが、ちょうど隣の西日暮里で[草63]がやってくるため1駅移動。[草63]巣鴨→浅草ゲット。通常は「巣鴨駅経由」だが、巣鴨始発は「白山上経由」。田端に戻ると江北駅行きは何と幕車だった。また来週ー・・・
・田端→秋葉原/岩本町→一之江
...[新小20][新小29]朝の新小岩駅北口ゆき3兄弟ゲット。ちなみに[新小29]は春江町・一之江始発と葛西駅始発では前面の表示が違う。
・一之江→馬喰横山/東日本橋→蔵前→[東42甲]→浅草橋
...[東42乙]秋葉原ゆきは・・・また幕車! 死ぬ! ついでにやってきた[東42]八重洲口が失敗気味のしかなかったので撮り直し。
・浅草橋→錦糸町→[東22]→住吉→船堀
...[急行05]・[錦13]などを撮り直し。船堀に到着したが、狙っていた[錦25]始発葛西ゆき(前面が三角経由になる)は時間を間違えて目の前で出発していった。ヘコむ。[錦25]葛西→船堀ゲット。
・船堀→東大島→住吉
...東大島で途中下車して[両28]の休憩用に使う東大島駅~葛西橋をゲット。[門21]門前仲町も合間に来るので期待したが相変わらずの幕車。5連続失敗に終わる。住吉に行ったが[錦22]車庫行きももちろん幕車。
・住吉→森下→大門→築地
...合間をぬってある人とモノの受け渡し兼昼食。そのまま築地に抜けて晴海通り関係の落穂拾い。[都05]テレポート駅ゲット。しかし期待した[都03]四谷駅は幕車だった。D代もそろそろ最古参でいつもなら喜ぶところだが。ついでにやって来た[錦11]錦糸町駅をゲット。ラッキー。
・築地→茅場町→西葛西→[西葛26]→葛西臨海公園
...[西葛26]は運用ごとにLED車がほぼ固定的に入るので、臨海公園から車庫入庫に化ける便を狙う。本線の臨海公園駅ゲット。しかし終点到着後ノンストップで車庫行きとなって走り去ったため、車庫行きは撮れなかった。やり直し。
・葛西臨海公園→新木場
...新木場駅にはノラネコがいた。数少ない新木場循環から新木場駅止を狙うが幕車。それ以外も謀ったように幕車。収穫ゼロでむかついたので無防備にくつろぎすぎるノラネコの写真を撮った。
・新木場→豊洲
...[東15]八重洲・[門19]国際展示場ゲット。[東16]はまたもや幕車。
・豊洲→池袋
...狙っていた[上60]池袋行は事前確認ではLED車だったが、何と車交してC代ライナー車がやって来た。これは嬉しい。いや嬉しくない! しかたないので次の池袋行を40分待つ。間に[池86]早稲田ゲット。[王40]・[王55]なども撮り直す。それにしてもグリーン大通り上は車道に近づきづらいためLED撮影が大変。[上60]をようやくゲット。
・池袋→高田馬場→[学02]→高田馬場2→[上69]→早稲田→[飯64]→飯田橋駅
...[高71]の出入用に使う系統なしの小滝橋車庫~高田馬場ゲット。それにしても[学02]はLEDが入らないなあ。後は途中で乗り降りしながら[早77][上58]などをゲット。
・飯田橋→秋葉原→日暮里→東京
...いい加減日も暮れまくって疲れたが、ちょうど[里48]の南千住担当便が来る時間なので日暮里に(巣鴨担当便は幕だらけだが、南千住は必ずLED)。そして東京に移って[東12]ゲット。[東16]はまたまたまた幕車。
・東京駅南口→[東98]→魚籃坂下
...[東98]等々力・[品97]新宿駅西口ゲット。これで[品97]の平日・休日(靖国通り経由)の往復が揃うが、まだ青一や平日朝の第一京浜経由が残る。
そろそろ眠すぎるので帰宅。

★枝幸ターミナル 10:15→雄武 11:25
宗谷バス ¥1,930


 枝幸ターミナルで待つこと45分、やって来た雄武(おうむ)行きのバスはさっき乗った枝幸行きと同じバスだった。どうやらターミナルで少し休憩になっただけで、運用は通しのようだ。それなら1本にまとめての運行にしてしまえばよいと思うのだが・・・。
 待合室には数人がおしゃべりに花を咲かせていたが、ほとんどはその1本前の浜頓別行きに乗ってしまったため、雄武ゆきに乗り込んだのは3人程度だった。


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 ここからは鉄道の延長がついに果たせなかった区間を走る。国鉄の路線名が興浜北線(浜頓別~北見枝幸)・南線(雄武~興部)と名乗っているのを見れば分かるが、最後には両者をつなげて連結する予定だった(参考)。路盤など工事は一部完成していたが、オイルショック時の建設凍結以降、ついに再開することはなく、つながるはずの両線とも昭和60年に廃止された。
 ということで、ここだけ 国鉄線の廃止代替ではない。その証拠に、運賃がかなり高い。枝幸~雄武はおよそ50kmあり、先ほどの天北線の稚内~鬼士別とほぼ同じ距離がある。しかし、運賃は天北線の該当区間が1490円なのに対し、こちらは1930円と3割弱高い。国鉄線の代替は運賃についても緩和措置や補助が出ているからだと思われるが、正直この区間は別格に高い感じがした。

 バスは国道に沿ってオホーツク海に戻ると、あとは海岸沿いを一直線に南下する。景色は相変わらず上々。

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集落の名前(オッチャラベ)。橋の名前は漢字が当てられていたが最早読めない。

「コイトイ」を過ぎると、次の町である雄武町に入る。特にトンネルや橋があるわけではなく、集落の外れのところで境界線を引いた感じである。と言っても、先の枝幸町は宗谷支庁、こちら雄武町は網走支庁の最北の町であり、次のエリアに入った雰囲気になった。この辺りでは集落ごとに1人2人と乗客があり、街の中心地への需要があるようだ。

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まだ網走までの先は長い・・・。

 雄武には明確なターミナルがなく、この宗谷バスは中心を少し過ぎた雄武国保病院が終点となる。逆に、ここから乗り継ぐ紋別方面は枝幸寄りの雄武高校入口が起点で、そこから国保病院を経由して南へと向かう。
 この区間は2路線が併走し、すれ違う姿も見られる。

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 どこで乗り継ごうかと思ったが、車内アナウンスに乗り継ぎの案内があったため、道の駅雄武で降りることにした。

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 道の駅雄武(停留所表記は「雄武」)には2路線のポールが並んでいる。道の駅の中には待合所や休憩所もあり、実質的なターミナルの役割を担っている。ただし、発券窓口などはない。

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「ここでしか売っていない」につられて買ったダッタンそばコロッケ。コロッケの中はそばを練りこんでいるのか、やや緑色だった。風味が香る感じでかなりウマい。

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 セットの冷やしそばとともに。

 休憩所の脇に、かつての国鉄の資料や写真が展示されていた。ここ雄武は興浜北線の終着駅でもあった。町名は「おうむ」だったが、駅名は「おむ」。
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★雄武 11:49→紋別バスターミナル 13:00
(興浜南線・名寄本線代替)北紋バス ¥1,210

 ここで宗谷バスとはお別れし、紋別を中心に路線を持つ北紋バスに乗り換える。やって来た紋別行きはふそうの前中扉の一般路線バスタイプだった。

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 道の駅自体が国道沿いにあるため、今回はすぐに国道に戻り、そのまま238号線を南下する。市街地を抜けると牧場が今までよりも目立つようになった。海沿いの牧場に放牧されている姿も。

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 途中、オホーツク海に昇る朝日が美しい日の出岬(http://www.oumukankou.com/hinode.html)に立ち寄る。観光やキャンプの名所なだけあって、数人が下車していった。
 この岬を過ぎるとすぐに紋別市に入り、最初の町である興部(おこっぺ)に入る。興浜北線は雄武~興部の19.9kmと短い路線だが、代替バスはそのまま元の名寄本線に入り、市の中心地である紋別まで直通する。

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 興部にはバスターミナルがあり、名寄本線の代替バス(名寄~興部)と各便が接続している。鉄道時代は、名寄本線(名寄~興部~紋別~遠軽)と盲腸線の興浜北線(雄武~興部)で成り立っていたが、代替後は●名寄~興部 ●雄武~興部~紋別 ●紋別~遠軽のように3分割された。名寄側から来た場合は興部で乗り換えることになるが、オホーツク海沿いの流動が強いのだろうか。

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 興部を抜けて沙留(さるる 読めない......)の町を過ぎると、渚滑(しょこつ)川を渡る。この辺りから紋別の中心街に入ることになるが、建物の姿も目につくようになり、稚内以来、久々の大きな街に来た感じがする。

 終点の紋別バスターミナルはかつての駅跡地にあり、立派な建物になっている。しかし北紋バスの発券窓口はなく、売店もない。オホーツク紋別空港が近いため、航空券の取り扱いはあり、また札幌・旭川方面の高速バスが何往復も発着するために、道北バスの窓口はあるのだが、なぜか地元の北紋バスの窓口はない。立派だがどことなく寂しい感じのするバスターミナルである。

 また、ここに発着するのは郊外線のみで、市内線は道路を1本挟んだ路上の幸町5丁目に停車し、ターミナルには入らない。どうせターミナルの発着レーンは余っているのだから入ればいいのにと思っていたら、どうやら10月から市内線を集約して分かりやすくし、同時にターミナルにも乗り入れる実証実験を行うようだ(http://www6.ocn.ne.jp/~hokumon/hokumon/0910_jyun.pdf)。この方がずっとマシだろう。

 その間は従来の市内線は運行を休止する。せっかくなので、今までの路線に乗っておこうと幸町5丁目からしばらく乗ってみることにした。

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★幸町5丁目 13:11→旭団地 13:28→幸町4丁目 13:42
北紋バス \280+\280

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 やって来たバスは専用の小型車で、乗客は数人。乗車した旭団地線は市内を南北に結ぶ路線で、方向幕のS・Cとはショッピングセンターの略である。両側ともラケット状の循環で折り返すようになっているようで、終点を通して乗れるようになっている。

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 市街地を左右に曲がり、住宅地を回りながら終点の旭団地に到着する。ここまで走るとかなりの町外れになる。ここで乗務員交代となり、すぐに市内方面として折り返して発車した。折り返しは幸町5丁目を過ぎ、物産館(オホーツク海紋市場)のある幸町4丁目まで足を伸ばすことにした。

 ここで昼食。じゃらんプロデュースの地元の新名物「ホワイトカレー」を食べてみることにする。地元の某氏おすすめの海紋市場併設の「蔵」という料理屋に入った。地元のじゃがいもや、海産(カニ、ホタテ、カキフライ)があしらわれたカレーで、コクがあって美味。出てくるまで少々時間がかかったのが残念だが......。

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 現在はプロデュース第二弾として貝柱の塩ラーメンを開発したらしく、そちらもメニューに載っていた。

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 思ったこと。

 上のリンクのPDFでは、地図上に各停留所の位置や時刻表、運賃が分かりやすく示されている。個人的には、バス会社に載せる案内としてはこれらの情報は必須だと思っているのだが、今回の乗り継ぎを調べるにあたってもその基本すらできていない事業者がほとんどだった。
 さすがに時刻表を載せていない事業者はないが、多くは主要停留所のみで、どこの停留所に停まっていくのかすら明らかでない。もちろん主要停留所以外の時刻は分からないことになる。
 さらに路線図を載せているのは少数派で、よくて概略の線図が引いてあるだけで、それぞれの路線が地図上でどの経路を走り、どこに停車するのか全く分からない。どこを走っているのかというのは基本中の基本の情報だと思うが、それすら満足にできていない。

 上の紋別バスターミナルから幸町五丁目の乗り継ぎも、現地に案内の張り紙が1枚あるだけで、Web上ではこれらの情報はほとんど分からない。その後の市内線の経路に至っては市内線時刻表の脇に小さく書かれた概略図だけで、どこを走るかという理解にはかなりの推理が必要だ。
 これでバスを利用してもらおうという気になっているのか、はなはだ疑問だ。元々地元の人しか相手にしていないのかもしれないが、地元の人でさえも他の路線を分かっているのだろうか。それとも、固定の路線しかどうせ使わないからいいよと思っているのだろうか。移動にバスの利用を車内ポスターで呼びかける前に、もう少しやることがあるのでは? と思う。

★稚内駅前ターミナル 5:50→浜頓別ターミナル 8:20
(天北線代替)宗谷バス
¥2,120

 ここから先はオホーツク海沿いに、国道238号を中心に南下することになる。その第一弾が宗谷バスの天北線代替バスである。かつて、国鉄時代には北海道内に多くの路線を抱えていたが、赤字路線の廃止の中でほとんどが消え去っていった。オホーツク海沿いにも、稚内から網走までほとんどの区間で線路がつながっていたが、今は全て廃止されて残っていない。
 バス代替の結果、地元のバス会社を中心に元国鉄路線を運行することになった。今回乗車する路線もその1つで、天北線(南稚内~音威子府[おといねっぷ])の区間をほぼそのまま引き継いでいる。運行は宗谷バス。

 宗谷バスの稚内バスターミナル。東急グループのため、あのマーク(通称Tバック)がターミナル側面にあしらわれている。といってももうすぐグループから脱退してしまうようだが・・・。
 既に窓口は開いていたため、事務員氏から回数券を買うことにする。何種類も金券式の回数券があるが、これからの距離のことを考えて200円×11枚つづりを2セット購入。
 

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 やって来たバスは観光タイプのトップドア車。ちょっと豪華な気分だ。浜頓別に着く頃には8時過ぎになるため、通学対策として高校行きにしているのだろうが、祝日でも同じ行き先なのが面白い。
 バスターミナル内には人は何人かいたのだが、このバスに乗り込んだのは自分ひとりきり。他のバス待ちや、稚内到着後の一時休憩場所として使われていたようだ。

 定刻通りに発車後、バスは稚内市街地を南北に走る国道40号を快調に飛ばしていく。南稚内駅(バス停は南駅)を過ぎ、国道40・238号が分岐する潮見5丁目で238号に入ると市街地もほぼ終わりになる。なお、ここまでは市内線が各系統あわせて1時間に4~5本ほぼ等間隔で運行されており、この規模の都市にしては破格のサービスレベルと言っていいだろう。

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▲国道分岐点脇にある潮見5丁目の折返所。待合室もある

 国道238号に入ると「網走 319km」の青看板が。路線バスで1日で移動する距離ではないと今更ながらに思う。

 といってもここで一旦宗谷岬に向かう国道とはお別れで、バスは内陸に入って天北線の跡を沿うように走る。たまに集落、あとはほぼ無人の原野か畑か牧場が広がる地帯だ。

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 内陸に入って増幌・声問・曲渕と集落を抜けていくが、人の姿はもちろん対向車も全く見かけない。祝日の朝早くということもあるのかもしれないが・・・。ようやく姿を見たのは、峠を越えてオホーツク沿岸の猿払(さるふつ)村に入った小石というバス停だった。ここで女子高生が乗車、ようやく乗客が2人になる。

 そうこうしているうちに猿払村の中心、鬼志別に到着。立派なバスターミナルが建っている。北海道にはこのようなバスターミナルが各地で見られるが、国鉄からバス転換した際の補助金で作られたものも多いようだ。ここで数分間休憩となったので、ターミナル内に入ると天北線の簡単な資料室がある。かつての駅名標やきっぷ、写真などが掲示してある。

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 数分間のリフレッシュの後に発車し、海沿いまで出て浜鬼志別で再び国道238号と合流した。海寄りの地名を「浜~」と名づけることが多いような気がする。
 国道に入るとまた原野地帯になる。この辺りは湿地帯なの沼も多く、海沿いということもあって美しい車窓風景だ。
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 沼地を抜けると浜頓別町に入り、すぐに浜頓別の中心市街に入る。浜頓別駅跡地に作られた浜頓別ターミナルにほぼ定刻で到着した。

★浜頓別ターミナル 8:25→枝幸ターミナル 8:20
(興浜北線代替)宗谷バス
¥700

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 浜頓別駅は天北線のほか、オホーツク沿いにさらに南下する興浜北線が分岐するターミナルだった。跡地にターミナルが建てられたと思われるが、だだっ広い敷地が往時の鉄道時代を思い起こさせる。構内には模型で再現したかつての駅や資料室があり、なかなか手をかけたつくりになっている。
 バスターミナルにはこれらの代替バスのほか、旭川までの特急バスが1本運行されている。本数は多くないが、それぞれの接続が考慮されているダイヤになっており、乗ったバスが高校に行った後に、今度は音威子府からの稚内ゆきが到着し、それぞれのバスから枝幸方面に短時間で乗り継げるようになっているようだ。といっても休日の朝、ほとんど乗客はいなかったが。

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 やって来たのは日野のエンブレムが眩しいトップドアの経年車。3人ほどを乗せて、すぐに発車した。

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 浜頓別から先はほぼ海沿いだけを走る。道路のすぐ近くまで荒波が押し寄せる風景はなかなか。

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 北緯45度線を越え、神威岬のトンネルを抜けると枝幸(えさし)町に入る。

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 今までとは違い、山がすぐ近くまで迫っていることもあり、海沿いにポツポツと漁港と小さな集落が点在している感じだ。それでも、集落によっては国道から一旦集落に入って停留所に停まるところもあり、鉄道のときとは違ってこまめに集客しようという姿勢がうかがえる。
 そのような集落群をいくつか過ぎると、やや大きな街に出る。ここが枝幸町の中心部で、中心部近くの枝幸ターミナルで終点となった。

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 ターミナルには車庫も併設しており、宗谷バス第二の拠点となっている。オホーツク海沿いに走る路線のほか、市街地循環や内陸に向かう大昔の殖民軌道に沿って走る歌登方面、さらに内陸を貫通して札幌・旭川まで向かう特急便も運行されている(一部途中乗り換え)。

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 ここで数十分の間が空くので、しばらく休憩。ターミナルの向かいにスーパー・本屋・レストランなどの複合施設があったので時間をつぶせそうだったが、10時開店らしいのであきらめてターミナル内で待つことにした。

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 向かいのレストラン。どことなく「す●いらーく」の香りが・・・・


某バスツアーの札幌解散後(これについては後ほど)、せっかく北海道に来たからということで、3日前にルートを考えた北海道周遊の旅に旅立つことにする。

まずは稚内に行くために、大通バスセンターへ。宗谷線の夜行は既になく、夜行で行こうとするならば、都市間バスを利用するしかない。札幌~稚内間は宗谷バス・銀嶺バスの共同運行で「わっかない号(はまなす号)」が運行している。
大通バスセンターは札幌の中心街のすぐそばにある。地下鉄東西線のバスセンター駅が最寄ということになるが、バスセンター自体は大通駅とバスセンター駅の中間にあり、札幌駅から向かうのであれば、大通駅で地下鉄を降りてしまって地下道を歩いたほうが早いだろう。

バスセンターはご立派な施設なのだが、あまりに発着する路線が少なくなってしまい、施設をもてあましているというよりもうらぶれた感じがたまらない。個人的には長野バスターミナルといい勝負のような・・・。わっかない号は最近ここを発着場所に移したようで、宗谷バス等の事務所が1Fにあり、乗車券への引き換えもここで行う。

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札幌(大通バスセンター)23:00→稚内駅前ターミナル 5:30
宗谷バス
¥6,000

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2台体制での運行だったようだ。独立3列シートなので、隣とある程度スペースが離れているのは嬉しいところ。予約を取った後は、中は自由席で好きなところに座れるという変わった設定だが、前から3列はレディースシートとなっている。

23:00定刻に発車。発車時からすっぽりカーテンで覆われていてよく分からないが、どうやら高速道路は使っていないようだ。早朝に目が一瞬覚めたとき、GPS測位をすると「道の駅てしお」っぽいところで休憩をしているようだったので、日本海(オロロンライン)回りだったのだろうか?

そのまま5:00過ぎに稚内市街地に入ると、各停留所で降車扱いを始めた。車内はほぼ満席だったが、各停留所で降車があったのが印象的だった。そのまま順調に進み、5:25に稚内駅バスターミナルに到着。バスはこのまま進んだフェリーターミナルが終点となるが、乗り継ぎの都合上ここで下車となる。

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すごく久々に来た気がする稚内駅。前回来たのがどれくらい前かと言うと、稚内の銭湯に入ってタブクリアを人生最後に飲んで急行利尻に乗って深名線に乗りに行ったくらい前のことだった。タブクリアもう一度復活しないかしら。

駅前は再開発とやらで、大部分が工事の柵に囲われていた。宗谷バスのバスターミナルは駅の北側、小道を入ったところにある。そこが今回の旅の出発点になる。

小幌駅にて

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秘境駅として一部に有名な小幌駅(室蘭本線)に降り立ってみる。

駅へのアクセス道路がなく、列車でしか行けない駅として有名。他では飯田線の小和田駅くらいだろうか?

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山深い峡谷の上、トンネルに挟まれるように駅がある。かつては海水浴場もあったようだが、今は利用する人もほとんどおらず、保線用の基地くらいである。住居ももちろん存在しない。

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普通列車はあまり停まらない(上下あわせて8本)だが、幹線だけあって貨物や特急の通過は頻繁に見られる。運よく北斗星が通過。その直後にスーパー北斗が通過していったが、巻き起こす風がものすご強く、ホームに立っているのがやっと。

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駅前の道。一応奥が駅にあたるのだが......

峡谷の山道を下っていくと、海に出られる。完全に他の世界と切り離された空間。

 

ちなみにぎりぎりFOMAの通信が可能。上を通る国道沿いのアンテナからのを拾っているのだろうが、「JR全駅でFOMA利用可能」はここでもぎりぎり守られていたようだ。......といっても使う人もいないのだろうけど...

大雨の日

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 8月29日、ここのところ多い落雷と大雨によって武蔵小杉の保安装置がイカレてしまったようで、20時頃から東横線と目黒線が止まってしまった。23時に横浜駅に行ったら、どうも動いてるようなので期待して改札に降りると、復旧しておらず、元町中華街~菊名で折り返し運転中。菊名~渋谷は完全にストップとのこと。目黒線も都心部~奥沢の折り返し運転になってしまっているようで、菊名から日吉・東京方面が完全に断絶している。

仕方ないので京浜東北回りで行くことにする。渋谷方面は大幅に迂回しないといけなくなるのがツラいところだ。大井町線に乗ると、案の定劇的な混み方をしている。といっても東横線沿線に帰る人は実質的な足がなく、田園都市線・JR/市営地下鉄経由で武蔵小杉・日吉に出られるくらいか。 080829_1.jpg

↑目黒線の接続も受けて完全に大岡山で積み残しになってしまった大井町線北行き。

旗の台を出ると、二子玉川まで実質的な鉄道連絡がなくなるわけだが、車掌の案内が今ひとついけてない。旗の台・大岡山到着前後に「東横線は菊名~元町中華街で、目黒線は南北線~奥沢で折返運転中」というのは全体を俯瞰して見たときの案内としては正しくても、大井町線の北行きに乗っている案内としては遠回しな情報で、大岡山・自由が丘で接続の足がない(乗り換える意味がない)ことを案内すべきなんじゃないのかなーと思う。

奥沢に到着。なんと2・3番線を使って折り返し運転をしていた。(http://misono.arc-network.net/tk/tkhsz.htmlの上側2線)すごい活用法である。本当は田園調布か多摩川で折り返しができればいいのだが......。なお、2番線到着時は先に踏切があるが、そもそも目黒方面の線路であり、踏切が動作しないため、一旦手前で停めて最徐行で正しい位置に付けていた。

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奥沢駅で降りた客がホームから改札を抜けきっていなくなるまでに5分はかかった。こんなに奥沢で降りたのは初めて見るかも......。

といってもタクシーがいるわけでもなく、駅員は自由が丘駅への徒歩を薦めていた。確かにマリクレール通りの南口まで、歩けば夜でも10分で着けるだろう。ただ自由が丘にも多分タクシーは出払っているだろうが......。大勢の乗客は自由が丘駅に向けて消えていった。

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洗足駅で降りてみると、時刻は24:30。とそこに何とバスの姿が現れた。2時間前には終バスが終わっているはずの[渋71](渋谷駅東口~洗足駅)が現れた。代行輸送の臨時運転である。よくよく考えるに、渋谷から代官山・中目黒・祐天寺の近くを通っていることもあり、最近距離の代行としてはうってつけなのだろう。お疲れ様です。折り返しは入庫になるが、乗る人はいたのだろうか......。それにしても目黒営業所時代の「清   水」を見ていると未だにこの行き先は慣れない。

前の続き。

何せ広島にまともに行ったのは14年ぶりで、路面電車に低床連接車(グリーンムーバー)が大増殖していて驚く。かねてから市内の中心部を貫通し、宮島線に直通する2系統は連接車が入っていたが、なかなかの頻度でやってくる。100万都市の市内交通需要を路面電車で捌くのはなかなか大変な面があるかもしれないが、基幹系統に連接車を集中投入することで、需要にこたえているのだろう(2系統は原則として単車での運行はない模様)。ただ、乗り降りのスムーズさはどうしても気になるところだが、後でwikipediaを見ると平成23年目途で信用乗車制度を導入するとのことなので、これが一つの試金石になりそうだ。

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▲バスセンター(そごう)前。こう見ると長い

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中心街に作られた地下街シャレオを抜けて球場へ。人ごみを避けて入口までアクセスできるのはいいが、市民球場が移転したら球場前の立派な地下街入口はどうするのだろうか。再開発待ち?

地下街の終点、球場に上がる出口の前には上のような壁画のようなポスターがある。ナゴヤドームや横浜スタジアム(地下鉄関内)、マリンスタジアム(海浜幕張)にも同じような球団応援ポスターがあるが、なかなかセンスが超越しているような......。

ちなみにシャレオの由来は「おしゃれ」をひっくり返しただけというのみ秘密。コンサドーレ札幌やヨネッティ王禅寺よりスゴい気もするが秘密。

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広島市民球場は本当に市街地の真ん中にある。いまどき珍しい立地になってしまったが、これも今年限り。球場も14年ぶりだったが、中はあまり変わっていない。それぞれの出入口と客席入口がほぼ直結になっていて、球場内の周回通路がないのはさすがに厳しいか......。

広島-ヤクルト戦。客はなかなかの入り。ただSS席でも4,000円で買えて、しかも当日券が直前に購入可能というのはなかなか嬉しい。

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広島市民球場の大型ビジョンは、塁に出た選手が緑色で表示される。これ、ほかの球場ではあまり見たことがない。なかなかよい試みだと思う。ただし、書体がまんまMSゴシックとMS明朝というのは大変いただけないので、新球場のビジョンではよりデザインについて再考を促したい? ところ。

14年前に見た広島-中日戦も、確か序盤に広島が8点か9点くらい大量リードしてたのが途中で中日が打者一巡で中盤から追い上げたなぁと思っていたら似たような展開に。しかし最後は粘って12回であえなく引き分け。チャンスは何回もあったが、残念ながらあと一歩がどちらも出なかった......にしても、途中で雨は降ったりしたが、  1回で2.5試合分くらいの密度はある見ごたえのある試合だった。

引き分けだとヒーローインタビューも何もないのが残念。

おまけ。

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回の途中でグラウンドに現れたドナルド教祖。YMCAにあわせてアメリカンな振り付けで踊っていたが、なんかタイアップでもしているのだろうか。

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選手登場時(投手交代、代打etc.)に出る表示。球団ごとに特色があって面白い。選手名のちょっと斜体をかけた新ゴというのが、何ともいえない'90年代前半っぽさを醸し出している。

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3回ごとに現れたカップヌードル軽トラ。近寄ってみると、栄養成分表までパッケージを完コピーしている。これもスポンサー活動の一環なのだろうか。12回終了後も3塁寄りに停まって展示していた。なお、残念ながら湯気は出ない。

 

一週間前にXbox360の通信対戦麻雀 闘龍門(←通称マチャアキ)をしながら、「広島に行くのはどう?」と話が出て、2日前にようやく決定。宿は前日。いつもながら行き当たりばったりな旅のはじまり。

新横浜からのぞみに乗って広島に。コンセントがないと死ぬデジタル中毒者揃いなので、N700系の指定を取ってもらう。何と座席の両側(A・E席)にそれぞれコンセントが備え付けられている。

あとそれぞれのLED表示盤がなりデカくてびっくりする。行き先表示もフルカラーかつ次の停車駅も出るという親切仕様で、E233系みたいだ。

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広島駅からは市内線で紙屋町へ。昼はお好み焼きしかないということで同行者おすすめの店が行ってみると更地になっていたり、良さそうな店がなかったりということで紙屋町をしばらくさまよって「みっちゃん」(広島では有名な屋号)に入る。

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▲更地になってしまった近くで偶然見かけた物件。一時は「ここに入ろうか」という案も出たものの、この推薦はどうかという話になり流れる。 しかもこれでは今なら水田わさび推薦だ。

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▲みっちゃん(いせや)のそばダブル。おいしゅうございました。

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